宝くじ


良心的な宝くじを紹介しましょう。 ある商店街が主催した夏祭りで、こんな宝くじが販売されました。 (もちろん宝くじを販売できるのは、国や地方から委託を受けた銀行だけなので、違法です。)

1本100円です。それが1000本発売されました。発売総額は10万円です。 1等は5万円で当選本数は1本、2等は1万円で本数は2本、3等が1000円で本数は5本です。 1本買ったときの期待値はいくらでしょうか?

還元率

還元金総額 / 発売総額
=(50000円・1本+10000円・2本+5000円・1本)/ 10万円
= (7万5000円) / 10万円
= 75%

になります。したがって期待値は75円です。 ふつうのジャンボ宝くじなどの期待値は100円に対しおよそ47円なので、良心的ですよね。

あれ、期待値の計算はもっとややこしかったような気がしませんか? こういうふうに計算した人も多いはずです。

宝くじを1本買ったときの期待値は、
50000(1/1000) + 10000(1/500) + 1000(1/200)
= 50 + 20 + 5
= 75 (円)
よってこの宝くじの期待値は 75 %

なぜ期待値が還元率そのものになるのでしょうか?

いま、 m円の宝くじを n本発売するとします。

発売総額は mn円です。 還元金の総額は

a1X1 + a2X2 + a3X3 (円)

したがって還元率は

(a1X1 + a2X2 + a3X3) / mn 

です。

いっぽう、期待値の定義にしたがって計算すると、 1本に対する期待値は

X1(a1/n) + X2(a2/n) + X3(a3/n)
= (a1X1 + a2X2 + a3X3) / n (円)  ・・・(*)

よって 期待値は

(a1X1 + a2X2 + a3X3) / n) / m 

還元率=期待値ですね。

(*)は重要な式です。期待値のことを平均値ともいいます。全部の個数で割るというのは平均を求めるということですよね。 クラスの平均体重を求めるとき、 いろいろな体重とその人数を掛けて足し合わせ、 クラス全体の総重量を求めて、それをクラスの人数で割ります。 期待値とは 「いろいろなリターンとその場合の数を掛けて足し合わせ、全体のリターン を求めて、それをすべての場合の数で割ったもの」 です。

◆期待値の概念はとにかく重要です。 そのギャンブルが勝てるか勝てないかというのは、期待値が100を超えるかそうでないかということにほかなりません。したがって、ギャンブル必勝法があるとすれば、それは期待値が100を超える方法ということになります。そしてこれは実際に存在するのです。 プロのギャンブラーといわれる人 ――パチプロがもっとも一般的でしょう――― がそれをもっています。 パチスロはだいたい期待値(払い出し率)が95〜115のようなギャンブルです。 パチプロは払い出し率が110のような台を選んで打ちます。そしてあらゆる技術介入によりさらに期待値を上げるのです。期待値はプロのギャンブラーの行動原理です。

◆「1から還元率を引いたもの」を控除率といいます。 競馬の控除率は25%です。したがって期待値=還元率は75%です。

控除率が小さいほどそのギャンブルは良心的といえます。 ふつうの宝くじの控除率は約53%ですから、競馬の控除率25%は良心的といえます。 したがって控除率25%のこの商店街の宝くじは良心的といえます。 控除率はまたテラ銭ともいわれます。

◆控除率53%・・・どうして人はこんな馬鹿げたギャンブルをするのでしょう。 それは主観的効用(経済学で言ういわゆる効用)が大きいからです。じつは、 いままで計算してきた期待値というのは客観的効用(数学的期待)にすぎないのです。 主観的効用とは満足感のことです。 人は満足感がたくさん得られる商品を買います。 宝くじを買うことは夢を買うことです。 「もしかして」という期待感を買うのです。

主観的効用が大きければ人はいくらでも分の悪いギャンブルをやります。 この商店街の宝くじが「良心的な」控除率をもつにもかかわらず まったく魅力がないのはなぜでしょう。なぜギャンブル産業は繁栄するのでしょう。 なぜ宝くじや公営ギャンブルが政府・自治体の巨大な財源となりうるのでしょう。

パチンコがすぐれたギャンブルといえるのは、きわめて良心的な控除率と、 持続的なドキドキ感・期待感をあわせもつからです。すなわち客観的効用と主観的効用のバランスがすぐれているのです。自慢してよい日本の文化です。


★ギャンブル学の本

  • 『確率・統計であばくギャンブルのからくり―「絶対儲かる必勝法」のウソ』 
    谷岡一郎、講談社ブルーバックス、2001年

  • 『ビジネスに生かすギャンブルの鉄則』 
    谷岡一郎、日本経済新聞社、2001年

  • 『ギャンブルの社会学』 
    谷岡一郎・仲村祥一編、世界思想社、1997年

    心理学、歴史、文学、法学など多方面からアプローチした「ギャンブル学」の本。 社会構造、経済活力としてのギャンブルがわかります。

  • 『ツキの法則―「賭け方」と「勝敗」の科学』 
    谷岡一郎、PHP新書、1997年

    ギャンブルにおける「ツキ」とはただの統計上の揺らぎにすぎない、 ということを説明するのがこの本の主眼です。まず「ギャンブラーの迷信」「必勝法の誤り」でギャンブルにおける間違いを指摘します。そのあと「大数の法則」を中心とする「確実に負ける賭け方」理論を展開します。一方で、ギャンブルやゲームのおもしろさや 楽しみ方(効用理論)についても書いています。 確率論・統計学の入門書としてもおすすめです。

  • 『ギャンブルフィーヴァー―依存症と合法化論争』 
    谷岡一郎、中央公論社、1996年