パイの分配  


政治やビジネスにおいては、パイ(利益)の分配をめぐって交渉が行なわれます。 そこで忘れられがちなのは、タイム・イズ・マネーということです。 離婚の慰謝料をめぐり裁判が長引きます。妻は慰謝料をもらったのはよいが、弁護士料が慰謝料を上回ってしまいます。労使交渉がもつれ、ストが長引きます。会社は利益を失い、従業員は賃金を失います。 両者とも交渉後の利益が交渉のコストを上回ることを望んでいます。 しかしときにそのことを忘れてしまいます。交渉が延びるとパイは縮小します。

交互に提示を行なう交渉は、アイスクリームパイのモデルを使って説明できます。 でも数学的帰納法(ドミノ理論)のような考え方なので、多少むずかしいかもしれません。

ここに2人の姉妹がいます。姉のキョウコと妹のミカがアイスクリームパイの分け方で争っています。このゲームでは、提示をするたびに、一定量のアイスクリームパイが溶けていくとします。また、重要な前提ですが、2人は譲り合ったりしません。自分がより多くをとろうとします。

1回の提示で、提示できる単位は(1/提示回数)とします。また、1回提示が終わるたびに、(1/提示回数)だけ溶けていくとします。 提示は姉のキョウコから行なっていきます。

提示回数を1回とします。この場合は、姉のキョウコが、自分がすべてをとること、つまり、(姉, 妹)=(1, 0)を提示して終わりです。 提示回数が1回なので仕方ありません。というか、これは交渉とはいいません。 だから、提示回数2回から考えればよいです。

提示回数を2回とします。パイが全部溶けるまで2回交渉をする時間があります。 この場合は簡単です。 考えられるキョウコの提示は、(姉, 妹)=(2/2, 0),(1/2, 1/2)だけです。 キョウコが (姉, 妹)=(2/2, 0)を提示するとします。ミカは必ずこれを拒否します。なぜなら、パイは溶けて 1/2 になり、次にミカが(姉, 妹)=(0, 1/2)を提示して、 終わりだからです。キョウコはこうなることを先読み (looking ahead) し、最初の交渉で(姉, 妹)=(1/2, 1/2)を提示します。

提示回数を3回とします。パイが全部溶けるまで3回交渉をする時間があります。 考えられるキョウコの最初の提示は(姉, 妹)=(3/3, 0),(2/3, 1/3)だけです。 キョウコがまず(姉, 妹)=(3/3, 0)を提示するとします。ミカは必ずこれを拒否します。なぜならパイは溶けて 2/3 になり、交渉は残り2回です。交渉回数が2回ということは、すぐ上のパラグラフの議論と同じです(ドミノ)。つまり、交渉回数が2回、ミカが先手と考えて、ミカは半々、(姉, 妹)=(1/3, 1/3)を提示します。キョウコはこれを先読みするので、最初の提示で、(姉, 妹)=(2/3, 1/3)にします。

提示回数を4回とします。パイが全部溶けるまで4回交渉をする時間があります。 考えられるキョウコの最初の提示は(姉, 妹)=(4/4, 0),(3/4, 1/4),(2/4, 2/4)だけです。キョウコがまず(姉, 妹)=(4/4, 0),(3/4, 1/4)のいずれかを提示するとします。 ミカは必ずこれを拒否します。なぜならパイは溶けて 3/4 になり、交渉は残り3回です。 交渉回数が3回ということは、すぐ上のパラグラフの議論と同じです(ドミノ)。交渉回数が3回、ミカが先手と考えて、次の交渉でミカは、(姉, 妹)=(1/4, 2/4)を提示します。 キョウコはこれを先読みするので、最初の提示で、(姉, 妹)=(2/4, 2/4)にします。

この議論は延々と繰り返すことができます。 すなわち提示回数が5回ならば、最初の交渉で(姉, 妹)=(3/5, 2/5)を提示、 提示回数が6回ならば、最初の交渉で(姉, 妹)=(3/6, 3/6)を提示、といった具合になります。一般には、提示回数が偶数回のときは最初の交渉で半分ずつにすることを提案し、 提示回数が奇数回(n 回)のときは最初の交渉で

(姉, 妹)=((n+1)/2n, (n-1)/2n)

を提示 します。((3/5, 2/5) を (6/10, 4/10) と直してから一般式を考えます。分子の中点が n になるように工夫します。)提示回数が増加するというのは、パイの縮小速度が落ちたか、交渉速度が上がったということです。

奇数回のときは必ず一方が 2/(2n) = 1/n だけ多くもらえます。ということは n が大きくなればなるほど、差はなくなっていきます。よって、どっちが先に提示をするかということはあまり意味がなくなります。 回数が増えるにつれて、配分は 50:50 に近づいていきます。

このモデルから、

・パイ(利益)の分配では、逆戻り推量 (backward-reasoning) の考えかたからも、最初に等分に分けることが正しい
・価格交渉 (bargaining) においては、最初の提示で相手側がぎりぎり容認できる条件を示すのが合理的である
・ある種の交渉では、結果は最初から決まっている

といえます。


★ゲーム理論の最重要ポイント:先読み

こっちがこう出れば相手はこう来るだろう、その場合はこう対応して・・・というようなゲームを交互行動ゲームといいます。 交互行動ゲームのルールは 「先を読んで、合理的に今を推量せよ」。 英語で言うほうがわかりやすいかもしれません。

"Look ahead and reason back." 

つまり「先に行って戻って来い」ということです。 こんなやりとりを考えてください。(注:日替わり=飲み物つきの日替わりランチ)

店員「ご注文はお決まりでしょうか」
あなた「はい、日替わりで」
店員「お飲み物はコーヒーと紅茶がございますが」
あなた「コーヒーで」
店員「ホットとアイスはどうなさいますか」
あなた「ホットで」

もしこの店が行き付けの店で、いつも日替わりとホットコーヒーしか注文しないとしたら、こんな面倒なやりとりはしませんよね?ふつうは 「日替わり、ホットコーヒー」。これで終わりです。

先読みはコストを減らします。



◆参考文献

  • 『エール大学式ゲーム理論の発想法―戦略的思考とは何か』 
    アビナッシュ・ディキシット、バリー・ネイルバフ、TBSブリタニカ、1991年
    THINKING STRATEGICALLY (1993)