ルーレットのかけひき 


モームス女子大学中澤ゼミの期末パーティでルーレットをやることになりました。 ゼミのメンバーは中澤教授を除き9人でしたが、この日のパーティでは卒業生のサヤカも来ており、ルーレットの参加者は全部で10人です。優勝者は、中澤教授が用意した「ヘネシー・ファースト・ランディング1868」がもらえます。1本8万円もする超高級ブランデーです。

中澤教授が自作のチップ(単位はモームス)を100モームスずつ10人に配ります。 ゲームはマキとヒトミの一騎討ちになりました。勝負は最後の1回を残すところとなり、 マキが700モームスでトップ、ヒトミが300モームスで2位でした。


1位 マキ 700モームス

マキ

2位 ヒトミ 300モームス

ヒトミ

このルーレットのルールを簡単に説明しましょう。ルーレット盤には0から36までの数字が書いてあります。偶数は黒、奇数は赤で表されています。0に止まれば主催者の勝ちになります。黒(偶数)または赤(奇数)に賭けて勝てば2倍になります。この場合、勝つ確率は 18/37 です。3の倍数に賭けて勝てば、賭け金は3倍になります。勝つ確率は 12/37 です。(3, 6, 9, ・・・, 36 の12通り)。

ヘネシーを獲得したのはヒトミでした。ヒトミは逆転を狙い、全額を3の倍数に賭けました。一方、マキは200モームスを偶数に賭けました。 この場合、ヒトミが当てて、マキが外すとき、ヒトミ:マキ=900:500で逆転になります。 この事象が起こる確率はおよそ (1/3)×(1/2) = 1/6です。 よってマキは 1/6 の確率で逆転されるという手を選んだのでした。 そして、その 1/6 が起こり、逆転でヘネシーをさらわれたのです。

マキはかなり酔っ払っていて、頭が働いていなかったのです。 マキはどういう戦略をとるべきだったのでしょうか?

答えはこうです。ヒトミが全額300モームスを3の倍数に賭けた後、マキも300モームスを3の倍数に賭ければよかったのです。そうすれば3の倍数に止まっても、 ヒトミ:マキ=900:(400+900)。外れてもヒトミ:マキ=0:400。 いずれの場合もマキの勝ちです。

つまりマキは後から賭けると必ず勝てたのです。 なのにヒトミの逆転の可能性を残したので、失敗といえます。 一方のヒトミもほんとうは先に賭けてはいけませんでした。 勝てたのはマキの失敗のおかげで、ヒトミは悪運が強かったのです。

このゲームからはつぎの2つの教訓が得られます。「先に行動すると損をする」あるいは「リードしていればサルまねをすればよい」。 ゲームでは必ずしもイニシアティブをとればよいとはかぎらないということです。


◆このゲームは、早い意思決定が必ずしも優れているわけではないということを示唆しています。 ヒトミは本来、後から賭けることによってのみ逆転が可能になります。これはいいかえると、 意思決定を遅らせることで逆転が可能になるということです。 そしてこれは新しい情報(=マキの賭け方)を待つということです。

わからない問題をその場で判断せずに棚上げしておくことがあります。 これは情報という観点から見て効率的だからです。 新しい情報を待つのです。

◆このゲームはまた、手の内を隠しておくことの重要性についても示唆しています。 どんな駆け引きでも、 「ポーカーで自分の手の内を見せながらプレイするようなこと」は避けなければいけません。情報の非対称性が利益になるのです。


★自民党の公共事業見直し 2000年8月

最近、自民党など与党3党が「公共事業の抜本的見直し」を進め、230以上の事業中止を政府に勧告しました。「公共事業見直し」はもともと民主党の政策でした。 自民党は総選挙で、公共事業を中心とする景気対策を主張した結果、都市部で反発を買い、多くの議席を民主党に奪われました。そこでこんどは「都市受け型」の公共事業見直し政策を主張しはじめたのです。与党3党は絶対安定多数でリードしているわけですが、これこそサルまね戦略ですよね。

相手の方法をまねすることで、相手の特色を消そうとする。 そうすることによって、逆転される可能性を低くしようとしています。

★ロシアの空手 2000年9月

シドニー五輪のシンクロナイズドスイミング。王者ロシアとライバル日本の戦いでした。 97年W杯、98年世界選手権、99年W杯はすべて1位ロシア、2位日本で、近年はずっとロシアがリードしていました。 優位にあるロシアは、シドニーで日本の「空手」のアイデアをまねするという戦略をとりました。

日本は早くから、チーム演技を「空手」に決めていました。 そしてその後ロシアが「空手」をデュエットに使うことを決めたのです。井村ヘッドコーチはずっと 「ロシアにはロシアの文化があるはずなのに」と言っていました。 やはり日本のチームのインパクトが弱くなるということなのでしょう。 ロシアのデュエットは水着に漢字で「空手」の文字を入れ、それも日本のチームと同じでした。結果はデュエットもチームもロシアが金、日本が銀でした。

チームはほんとに惜しかったですね。 最後はプログラム自体の難易度の差だったようです。それでも ロシアのヘッドコーチは試合後、 「もっと複雑でリスクの大きいプログラムを用意しなければ勝てない時代がきている」 と述べました。大変です。

★まねという戦略

何でもまねをされるというのはいやなもんです。 自分が不利な立場にあって、逆転しようとして特色を出したのに、 有利な立場の人にそれをまねされる。

ファッションが流行する一因もここにあります。つまり、 ある人は戦略的に人と同じ格好をするということです。

まねはよい戦略です。自分はリスクをとらず、でも結果はリスクをとった相手と同じです。


◆参考文献

  • 『エール大学式ゲーム理論の発想法―戦略的思考とは何か』 
    アビナッシュ・ディキシット、バリー・ネイルバフ、TBSブリタニカ、1991年
    THINKING STRATEGICALLY (1993)