絶対優位の戦略


野球では、2アウトでランナーが1塁または1・2塁または満塁のとき、打者がフルカウントになると、ランナーは自動的にスタートします。

ファール、三振、四球、ヒットなど次に起こりうるケースをすべて考えたとき、走らないより走ったほうがよいからです。 ファールならランナーは帰塁、三振ならチェンジ、四球なら進塁、ヒットなら ランナーはより先に進塁。つまり良い結果をもたらしても悪い結果をもたらすことはないということです。走ることは走らないことより常に有利なわけです。 このようなことをゲーム理論では絶対優位の戦略といいます。 一般的には、他のプレーヤーの戦略にかかわらず自分にとって他の戦略より常に有利な戦略があるとき、それを絶対優位の戦略といいます。

同時進行ゲームで絶対優位の戦略がある場合は必ずそれを用います。

平日夜10時台の2つのニュース番組、NHKの「ニュース10」とテレ朝の「Nステ」を例にとりましょう。実際、この2つの番組は視聴率に大きな差があり、またNステは9:54開始ですが、話を簡単にするために、視聴率は互角のライバル番組であり、ともに10時スタートとしましょう。

両番組を合わせた潜在視聴者数を4000万人とします。 4000万人のうち3000万人は、毎日どちらを見るかが決まっている、いわば「予約された視聴者」なので、ここでは無視します。 よって残り1000万人の「無党派層」をどう取り込むかが、勝負の分かれ目になります。 そして、無党派層はトップニュースを見比べ、どっちを見るかを決めるとします。 また、トップニュースに興味がない場合は、すぐにTVを消すとします。

ある日、比較的大きなニュースが2つ重なるとします。1つは株価が2000円近く暴落したというニュースで、もう1つはヒトゲノムが概要で解読されたというニュースにしましょう。プロデューサーはどっちをトップにするか、その戦略を考えないといけません。

いまこの無党派1000万人のうち、70%が株価暴落のニュースに少し関心があり、30%がゲノムのニュースに少し関心があるとします。この人たちは10時にTVをつけて両方を見比べ、関心のあるニュースがトップだった方を見ます。 よって、トップが異なった場合は、そのまま7:3に分かれ、棲み分ける形になります。 株価で重なった場合は、株価派70%が35%ずつに分かれ、ゲノム派300万人はTVを消します。 ゲノムで重なった場合は、ゲノム派30%が15%ずつに分かれ、株価派700万人は TVを消します。

NHKはこう考えます。「もしテレ朝がトップで株価暴落をとりあげた場合、こっちがゲノムにすれば、"ゲノム市場"のすべて(30%)を得る。こっちも株価暴落にすれば"株価暴落市場"の半分(35%)を得ることができる。だからこの場合は株価暴落がよい。 もしテレ朝がトップでゲノムをとりあげた場合は、こっちがゲノムなら15%、株価暴落なら70%の視聴者を得ることができる。この場合も株価暴落がよい。つまり株価暴落が絶対優位の戦略だ。」

このことは表を使うとより簡潔に示すことができます。NHKに絶対優位の戦略があるかを確認する場合、上の行と下の行を比べればよいのです。

テレ朝側も同様に考えて、やはり株価暴落が絶対優位の戦略になります。 この場合は左の列と右の列を比べます。

このゲームはたまたま両プレーヤーに絶対優位の戦略があります。 各サイドが絶対優位の戦略をもったゲームは単純なゲームといえます。 各プレーヤーは他のプレーヤーの選択にかかわりなく絶対優位の戦略を選択します。


◆参考文献

  • 『エール大学式ゲーム理論の発想法―戦略的思考とは何か』 
    アビナッシュ・ディキシット、バリー・ネイルバフ、TBSブリタニカ、1991年
    THINKING STRATEGICALLY (1993)