アヤカとミカがクルマの売り買いをしようとしています。
アヤカのクルマに対してミカは300万円まで払っていいと考えています。
いっぽうアヤカは200万円以上なら売っていいと考えています。
さて2人はいくらで手を打つでしょう。
VS
たとえばミカが210万円で買うと言ったとしましょう。
そしてアヤカがそれに応じたとします。
このときミカは300-210=90万円の余剰を手にします。
アヤカは210-200=10万円の余剰を手にします。
2人の余剰の和は100万円です。
たとえばミカが290万円で買うと言ったとしましょう。
そしてアヤカがそれに応じたとします。
このときミカは300-290=10万円の余剰を手にします。
アヤカは290-200=90万円の余剰を手にします。
2人の余剰の和は100万円です。
200万円と300万円の間で取引が成立すれば
いつも余剰の和は100万円になります。
取引価格が200万円に近ければミカが多くの余剰を得ます(安く買える)。
取引価格が300万円に近ければアヤカが多くの余剰を得ます(高く売れる)。
このクルマの売買は100万円というパイを分け合うゲームと見ることができます。
いま次のようなルールで交渉を行なうとしましょう。
1. まずミカが価格P1を提示する。アヤカがこれを受け入れた場合ゲームは終了する。ミカの利得は300-P1、アヤカの利得はP1-200 。
アヤカがこれを拒否した場合、ゲームは2へ進む。
2. アヤカが価格P2を提示する。ミカがこれを受け入れた場合ゲームは終了する。ミカの利得は300-P2、アヤカの利得はP2-200 。
ミカがこれを拒否した場合、交渉は決裂となり、ゲームは終了する。2人の利得はともに0
このルールのもとでの2人の最適戦略を考えましょう。
なお提示を受け入れるか拒否するかで無差別となったときは提示を受け入れるものとします。(無差別とはどっちにしてもかまわないということです。)
ゲームの最終段階から考えます。
アヤカの提示額は300でいいです。このときミカは受け入れるのも拒否するのも無差別
となるので提示を受け入れます。アヤカの利得は300-200=100 、ミカの利得は300-300=0 です。2でのアヤカの最適行動は300を提示することです。
最終段階2でどうなるかはわかったので1を考えましょう。
アヤカは利得が100以上でなければ受け入れないです。
P1は300でなければいけません。
けっきょくゲームは第1段階でミカが300を提示し終了します。
ミカの利得は300-300=0 、アヤカの利得は300-200=100 です。
後手のアヤカがパイをぜんぶ取ってしまうのですね。
もうすこしリアリティのあるモデルを考えましょう。
ミカとアヤカは50回ずつ交互に提示できるとします。
つまり交渉は最大100ラウンドで行なわれるとします。
また交渉の妥結が遅れるたびにコストが発生すると考えます。
ミカもアヤカも1ラウンド早く交渉がまとまるなら3%の利益減少を我慢できるとしましょう。
これはたとえば第100ラウンドで得られる100と
第99ラウンドで得られる97を同等に評価するということです。
最終第100ラウンドのアヤカの提示から考えます。
100. アヤカが価格P100を提示する。ミカがこれを受け入れた場合ゲームは終了する。ミカの利得は300-P100、アヤカの利得はP100-200 。
ミカがこれを拒否した場合、交渉は決裂となり、ゲームは終了する。2人の利得はともに0
アヤカの提示額は300でいいです。このときミカは受け入れるのも拒否するのも無差別
となるので提示を受け入れます。ミカの利得は300-300=0 、アヤカの利得は300-200=100 です。100でのアヤカの最適行動は300を提示することです。
第100ラウンドでどうなるかはわかったので第99ラウンドを考えましょう。
99. ミカが価格P99を提示する。アヤカがこれを受け入れた場合ゲームは終了する。ミカの利得は300-P99、アヤカの利得はP99-200 。
アヤカがこれを拒否した場合、ゲームは100へ進む。
第100ラウンドへ進んだ場合のアヤカの利得は100です。
したがって第99ラウンドではアヤカは利得が97以上でなければ受け入れないです。
ミカのP99は297でなければいけません。
99でのミカの最適行動は297を提示することです。
ミカの利得は300-297=3 、アヤカの利得は297-200=97 。
第99ラウンドでどうなるかはわかったので第98ラウンドを考えましょう。
98. アヤカが価格P98を提示する。ミカがこれを受け入れた場合ゲームは終了する。ミカの利得は300-P98、アヤカの利得はP98-200 。
ミカがこれを拒否した場合、ゲームは99へ進む。
第99ラウンドへ進んだ場合のミカの利得は3です。
したがって第98ラウンドではミカは利得が3*0.97=2.91以上でなければ受け入れないです。
アヤカのP98は297.09でなければいけません。
98でのアヤカの最適行動は297.09を提示することです。
ミカの利得は300-297.09=2.91 、アヤカの利得は297.09-200=97.09 。
第98ラウンドでどうなるかはわかったので第97ラウンドを考えましょう。
97. ミカが価格P97を提示する。アヤカがこれを受け入れた場合ゲームは終了する。ミカの利得は300-P97、アヤカの利得はP97-200 。
アヤカがこれを拒否した場合、ゲームは98へ進む。
第98ラウンドへ進んだ場合のアヤカの利得は97.09です。
したがって第97ラウンドではアヤカは利得が97.09*0.97=94.1773以上でなければ受け入れないです。
ミカのP97は294.1773でなければいけません。
97でのミカの最適行動は294.1773を提示することです。
ミカの利得は300-294.18=5.82 、アヤカの利得は294.18-200=94.18 。
この議論は延々と第1ラウンドまで繰り返していけます。
(各ラウンドと利得の関係は下のようになります。)
1でのミカの最適行動は251.65の提示だとわかります。
(この数列の計算については下のほうに書きました。)
けっきょくゲームは第1段階でミカが251.65を提示し終了します。
ミカの利得は300-251.65=48.35 、アヤカの利得は251.65-200=51.65 です。
パイの分配はほとんど50:50になります。
<数列の計算>
アヤカの利得に注目します。
アヤカの各ラウンドでの利得は
100R ... 100
99R ... 100*0.97 = 97
98R ... 100-(100-97)*0.97 = 97.09
97R ... 97.09*0.97 = 94.18
96R ... 100-(100-94.18)*0.97 = 94.35
と計算していくことができます。
全体のパイの大きさ100万円を1、 割引因子をδとすると
アヤカの利得は
100R ... 1
99R ... δ
98R ... 1-(1-δ)δ = 1-δ+δ2
97R ... (1-δ+δ2)δ = δ-δ2+δ3
96R ... 1 - {1-(δ-δ2+δ3)}δ
= 1 - {1-δ+δ2-δ3}δ
= 1-δ+δ2-δ3+δ4
となります。
奇数ラウンド2n-1の利得は偶数ラウンド2nの利得のδ倍です。
ラウンド1の利得はラウンド2の利得のδ倍です。
ラウンド2の利得は
2R ... 1-δ+δ2-δ3+ … +δ96-δ97+δ98
です。
したがってラウンド1の利得は
1R ... δ-δ2+δ3-δ4+ … +δ97-δ98+δ99 = A1
です。
これは初項δ、公比-δの等比数列の第99項までの和なので
A1 = δ{1-(-δ)99}/{1-(-δ)}
= δ(1+δ99)/(1+δ)
δ=0.97を代入するとA1=0.5165となります。
したがってアヤカの第1ラウンドでの利得は51.65となります。
こうして第1ラウンドでのミカの最適な提示額は251.65とわかります。
◆参考文献
- GAME THEORY WITH ECONOMIC APPLICATIONS
Scott Bierman, Luis Fernandez, Addison-Wesley, 1998
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