コミットメント


一人の交渉人のパワーとテクニックとは「相手の予想をいかに変えさせるか」ということです。相手の予想を変えるものとして主に「遅延費用」「代替機会」「コミットメント」の3つが考えられます。

3. コミットメント

カートマンとカイルの交渉を考えます。カートマンはカイルにある物を売ろうとしています。カートマンのこの品に対する評価額は50ドルで、カイルの評価額は100ドルです。

いまカートマンは何らかの方法で「99ドル以外では取引に応じない」ことに 自分を拘束(コミット)できるとしましょう。(この拘束というのは文字通り身動き不可能・変更不可能な拘束ということです。)

このときカートマンは強い立場にいます。 なぜならカイルは99ドルで買うか、さもなければ何も買えないという選択を迫られるからです。99ドルで買えば評価額100ドル−価格99ドル=余剰1ドルを手に入れられますが、 何も買えなければ余剰は0ドルです。 カイルは99ドルで買うしかないです。

カートマンは「コミットメント」により交渉上の立場を強くすることができます。 カートマンのコミットメントによりカイルの予想は変わります。

コミットメントを成功させる方法としては以下のようなものが考えられます。

a. 代理人(または自動装置)を使う

自販機を相手に値切る人はいません。 そんなことをすればいろんな意味で高くつくでしょう。 自販機はたとえばジュースを100円で売ることを所有者に命じられています。 たいていの場合、消費者の最適反応はおとなしく100円を入れて購入することです。 このとき自販機の所有者は自らを100円という価格に拘束していて、 それが相手を値切らせないという強さになっています。 同様な理由で、小売り店のアルバイト相手に値切る人もあまりいないでしょう。

カートマンはこれを応用して交渉ロボットのようなものを馴染みの科学者に作ってもらうことができます。あるいはカートマンの言うことは何でも聞くママに交渉の代理人になってもらうこともできます。

b. 背水の陣を敷く

一般的に背水の陣に追い込まれた者は必死で戦います。 同様に、自ら背水の陣を敷き本気で戦うようにすることもできます。 戦争では、船を燃やしたり、橋を焼き落としたりして 自ら逃げ場をなくしておくという戦術があります。

これを応用し、カートマンは99ドル以外で取引すると(つまり コミットメントを破ると)尋常でない不利益を被るように、自ら仕向けておくことができます。

たとえば「2枚以上の札が入っていることを10秒間感知すると自爆する」特製サイフを予め用意しておきます。(サイフのスイッチは家の中だけで扱うことができます)。カートマンはこのサイフに1ドル札を1枚だけ入れて家を出ます。 取引する場合、カートマンのとれる道はカイルに100ドル札をもらい1ドル札を釣りとして出すことだけです。

c. ふだんからコミットメント自体の信頼・評判を作っておく

テロリストといっさい交渉しないという評判がある政府は強いです。

カートマンはふだん、パイをほとんどすべて取るか、さもなければ交渉拒否という「オール・オア・ナッシング」戦略にコミットすることができます。 (実際カートマンはエピソード207 'City on the Edge of Forever' で自分の大きなケーキを頑として独り占めし、スタンたちに一切れも与えませんでした。) カートマンはふだんからこのコミットメントを守り、 そういう評判を立てておきます。信頼・評判は長期的な利益になるので、 コミットメントを守るインセンティブがあり、結果コミットメントは 信頼あるものとなります。


◆参考文献

  • THINKING STRATEGICALLY 
    Avinash K. Dixit, Barry J. Nalebuff, W. W. Norton & Company, 1993

  • 『経営戦略のゲーム理論―交渉・契約・入札の戦略分析』 
    ジョン・マクミラン、有斐閣、1995年 
    GAMES, STRATEGIES, & MANAGERS (1992)