モラルハザード


火災保険について考えましょう。 加入者は火事を起こしても補償されるので、 火の始末にあまり気を使わなくなりますし、 極端な場合、自ら放火するインセンティブがあります。 加入者は、自分の行動が保険会社には完全にはわからないのをいいことに、 保険会社にとって望ましくない行動をとります。

契約関係にあるAとBについて、Aの行動がBには完全には観察あるいは強制できないために、AがBにとって望ましくない行動をとる。 このようなことは経済学ではモラルハザードと呼ばれます。(もともとモラルハザードは保険業界の用語でした。)

モラルハザードはゲーム理論では下のようなモデルで記述できます。


経営者と従業員の契約を考えましょう。(会社には1人の経営者と1人の従業員しかいません。)経営者は賃金体系(インセンティブ・スキーム)についていくつかの戦略をもっています。 一方の従業員は頑張るか怠けるかの2つの戦略があります。

従業員が頑張ると、会社は0.6の確率で「良い」業績、0.3の確率で「普通の」業績、0.1の確率で「悪い」業績をあげます。従業員が怠けると、会社は0.1の確率で「良い」業績、0.3の確率で「普通の」業績、0.6の確率で「悪い」業績をあげます。 (ここで従業員の努力の程度と会社の業績はストレートに結びつくわけではないことに注意してください。確率的に決まるのです。)

ゲームツリーでは下のように描けます。

ここで会社の「良い」業績、「普通の」業績、「悪い」業績の水準を それぞれ g, m, b で表すとします。また従業員の賃金は会社の業績水準によって決まり、 それぞれは Wg, Wm, Wb で表されるとします。すると従業員の努力のコストを、頑張る場合は C 、怠ける場合は c としたとき、経営者と従業員の利得は下のようになります。


ツリー中の「あるインセンティブ・スキーム(政策)」について考えましょう。

もし経営者が「固定賃金政策」をとったとします。

つまり

Wg = Wm = Wb (= w)

とする戦略です。(下図。)

このとき従業員の最適反応はどうなるでしょうか。

従業員の期待利得は

頑張った場合: 0.6(w-C)+0.3(w-C)+0.1(w-C) = w-C
怠けた場合: 0.1(w-c)+0.3(w-c)+0.6(w-c) = w-c

となります。

C>c なので w-C < w-c です。 したがって怠けるのが最適反応になります。


◆参考文献

  • A COURSE IN MICROECONOMIC THEORY 
    David M. Kreps, Princeton Univ Pr, 1990 

  • STRATEGIES AND GAMES : THEORY AND PRACTICE 
    Prajit K. Dutta, MIT Press, 1999