シグナリングゲーム


前回、レモンの市場のモデルとして非対称情報下で企業が学生を採用するゲーム を考えました。 このゲームでは能力の高い学生は市場から退出するしかありませんでした。

では現実の企業と学生の関係はいつもレモンの市場でしょうか? 違います。問題は明らかに情報の非対称性にあり、つまり企業が学生の能力について知らないことにあります。 そこで能力の高い学生は、市場からみすみす退出するよりも、企業にどうにかして 自分の能力を知らせたいインセンティブがあるのではないでしょうか。

能力の高い学生は(割に合う範囲で)なんとか「自分を証明」しようと努力するはずです。 たとえばMBA取得は能力の低い学生にはかなりの困難が伴うでしょうが、 能力の高い学生にはさほどでもないでしょう。 だとすればMBA取得は能力が高いことを示すシグナル(メッセージ)になります。

実際、世の中にはMBAを取得した学生を高給で採用するような均衡があります。 つまりシグナルが伝わり、能力の高い学生はめでたく自分に見合った給料を得られる均衡です。

ゲーム理論ではこれをシグナリングゲームとして下のようなモデルで記述します。


前回のモデルと異なるのは、学生にMBAを取得するか否かの選択肢があることです。 (変わったツリーですが、2×2×2タイプのベイジアンゲームはこういうふうに描くと見やすいのです。自然→学生→企業のように見ます。)

このゲームで、HはHIGHタイプの学生がMBAを取得するコスト、LはLOWタイプの学生がMBAを取得するコストを表します。

たとえば H=4, L=11 としましょう。 このとき下記の戦略と信念の組み合わせはベイズ完全均衡になります。すなわち

学生の戦略: HIGHタイプではMBAを取りw=20を要求する。LOWタイプではMBAを取らずw=10を要求する。

企業の戦略: w≦20のMBA学生とw≦10の非MBA学生を採用する。この他は採用しない。

企業の信念: MBA学生は常にHIGHタイプであり、非MBA学生は常にLOWタイプである。

学生の戦略を前提とすると、ベイズルールにより企業の信念は上のようになります。 このとき企業は、学生がMBAを取得している場合にw≦20で採用するのは最適行動です。 また学生がMBAを取得していない場合にw≦10で採用するのは最適行動です。

逆に企業の戦略を前提とすると、HIGHタイプの学生はMBAを取りw=20を要求するのが最適です。LOWタイプの学生はMBAを取らずw=10を要求するのが最適です。

(以上のことは w=20, w=10, H=4, L=11を代入してみて確認してください。)

この均衡はつまり、能力の高い学生はMBAを取り高給をもらい、能力の低い学生はMBAを取らず低給をもらうという均衡です。


◆参考文献

  • GAME THEORY WITH ECONOMIC APPLICATIONS 
    Scott Bierman, Luis Fernandez, Addison-Wesley, 1998