ベルリン封鎖
ベルリン封鎖は冷戦における最初の事件です。
第2次大戦後、ドイツは英米仏ソの4ヶ国によって分割占領されることになります。
またソ連の占領地域にあったベルリンも英米仏ソによって分割管理されることになりました。
ソ連はベルリンから英米仏が撤退することを望んでいました。 そこへきて英米仏は西ベルリンに新通貨を導入することを決めます。 ソ連は堪忍袋の緒が切れます。 ソ連は西ドイツから西ベルリンへ向かう道路・鉄道・運河をすべて封鎖します。 西側から西ベルリンへの物資の輸送は完全にストップしました。一種の兵糧攻めです。(ソ連は西ベルリンへの電気・ガスの供給も止めました。) 西側とソ連の間の緊張が高まります。 この時点での対立は、ミュンヘン会談と同じように、チキンゲームで表現できます。
A(西側)の「よける」は「ベルリンから撤退(または政策変更)」、B(ソ連)の「よける」は「ベルリン封鎖解除」に相当します。 ゲームは、結果的には、大規模な空輸作戦で「まっすぐ」きた西側に対し、ソ連が「よける」形となりました。
◆ベルリン封鎖に関するドキュメンタリー
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